富山湾の恵みが日々揚がるこの地で、1977年の創業以来、静かに、しかし確かな存在感を放ち続けてきた一軒の鮨屋がある。「歩寿司 本家(あゆみずし ほんけ)」。暖簾をくぐれば、白木のカウンターの向こうに立つのは、二代目の酒井正貴さんだ。4歳で父の背中を見上げ、高校卒業と同時に東京へ飛び出し、江戸前の修業で研ぎ澄ました技を携えて富山へ戻ってきた男である。
その手から生まれる一貫には、技術だけでは語り尽くせない「何か」が宿っている。それは、酒井さん自身の言葉を借りるなら──「心」。
「握るのは心、人と人とを味で繋ぎます」受け継がれる人間力

店の掲げる「握るのは心、人と人とを味で繋ぎます」という一筆。その信念と通ずるように、酒井さんはこう語る。
「まず、作り手である僕自身がお客さんに好かれないと、また足を運んでいただくことはできないと思うんです。どれだけおいしい鮨を出しても、『この職人、嫌な奴だな』と思われたら、それで終わり。だから、結局は自分の人間力を高めていくしかない。それが『心で握る』ということだと思っています」

人間力、という言葉が、酒井さんの口から自然にこぼれた。その背景には、東京での壮絶な修業時代がある。同期10人のうち、最後まで残ったのは酒井さんただ一人。15〜16時間の労働は当たり前。店が閉まった後、本来なら早く眠りたいはずの深夜に、先輩たちと並んで包丁を研ぎ、魚のおろし方を語り合った夜々。
「先輩たちは本当に鮨のことだけを考えている人ばっかりでね。基本だらしない男だった自分が、あそこでガラッと変えられた。まるで宗教にハマったように(笑)。今でも、誰にも怒られない立場なのに、手を抜いたら叱られるような気がするんです。それが良かったんでしょうね」
修業先で叩き込まれた「お客様ファースト」の哲学は、亡き父の信条と奇しくも重なっていた。二つの教えが交わる一点に、今の酒井さんは立っている。
小さなシャリに大きなネタ。「食べやすさ」に宿る職人の工夫

歩寿司 本家のカウンターに座って、まず驚くのはその一貫の佇まいだ。シャリはきゅっと小さく、対してネタはたっぷり。そのバランスには、酒井さんのゆるぎないこだわりが込められてい
「最近の店は小さい握りが多い。試してみたが、正直『あんまり食べた感じがない』と思った。だから、うちはシャリは極力小さくしても、ネタはなるべく小さくしない。これがうちのスタイルです」

昨今の「一口サイズ」のトレンドとは一線を画す、その理由。それは、単にボリュームを出すためではなく、魚そのものの味をしっかりと味わってほしいという想いがあるからだ。
「小さいシャリに小さいネタは、誰でも握れる。でも、小さいシャリに大きいネタをきれいに収めるには、隠し包丁をはじめ、いろんな工夫が必要なんですよ」
大きな鮨種がシャリを包み込み、口の中で一体となってほどける。その贅沢なバランスを実現するために、日々、目に見えないところで繊細な包丁仕事が重ねられている。

シャリは白米が土台。コシヒカリだけでは粘りがやや強く、富山県産の新品種をブレンドして7:3の絶妙な配合に。米は季節で新米・古米が移ろうため、その都度配合を微調整するという、まさに生き物扱いだ。一方、マグロには半世紀変わらぬ赤酢のシャリを使い分ける。白いシャリが魚の繊細さを引き立て、赤酢がマグロの旨味を深く抱き止める──ネタ一つひとつに、最適な舞台を用意しているのだ。

仕込みも然り。小肌はその日の大きさや脂の乗りを見極め、塩の量も〆る時間も毎回変える。白身は水分量を見てほんの2分だけ塩を当て、旨味を引き出す。江戸前の仕込みを骨格に置きながら、富山で揚がる新鮮な魚には「寝かせすぎない」美学を貫く。
「富山の魚は、絶対に獲れたてがおいしい。2日3日置くのはもったいないんです。『素の自然のまま』がこの土地の魚の身上ですから」
富山湾の地魚、そして豊洲から。予約客の顔が浮かぶ仕入れ

「歩寿司 本家」の仕入れは、富山の地元市場だけにとどまらない。豊洲をはじめ全国から、その日その日に必要な魚が届く。なぜ、地元の魚が豊富な富山で、あえて外の魚まで仕入れるのか。答えはシンプルだった。
「予約で『あのお客様が来る』と分かっていれば、好みに合わせて仕入れ先まで変えるんです。常連さんなら、だいたい何がお好きか頭に入っているから」

例えば、エビが大好物だと知っている常連客が来る夜には、甘エビ・ボタンエビ・白エビを一本の細巻きに仕立てる「エビ尽くし」まで飛び出す。男性客なら味噌を塗って、女性客なら二匹重ねて──同じお客様でも、接待の夜と友人との会食では、同じネタの出し方さえ変える。
「同じ人に、同じものを同じように出したくないんですよ。楽しませたいから」

その言葉に、酒井さんの本心が滲んでいた。富山湾の新鮮な地魚を主役にしつつ、お客様一人ひとりの「今日この瞬間」に合わせて仕入れを動かす──そのホスピタリティこそが、この店が半世紀にわたり愛され続けてきた理由だろう。観光で訪れる客には「白エビだけじゃない、今日揚がった魚も食べてほしい」と、この土地の本当においしい一皿を差し出す心意気も忘れない。
握りと一品の緩急。コースに宿る「楽しませたい」の一念

「歩寿司 本家」の愉しみは、握りだけではない。酒井さんが手がける一品料理もまた、この店の大きな魅力だ。
「一品料理といっても、自分的には『鮨にもできる魚』を焼いたり揚げたりしたいんです。ぜんぜん関係ない食材はあまり使わない」
また客を驚かせ、楽しませたいという酒井さんの遊び心は、意外な「一貫」にも現れる。その代表格が、野菜の握りだ。
「鮨屋に来て、まさかたけのこが出てくるとは思わないでしょう? でも、これが驚くほど鮨に合うんですよ」

取材時に供してくれたのは、たけのこの握り。えぐみが少なく、香りが際立つたけのこ。それをただのせるのではなく、江戸前の技で丁寧に仕込む。さっくりとした歯ごたえを残しながら、シャリとの一体感を生むための細やかな包丁仕事。口に運べば、豊かな香りと出汁の旨みが広がり、魚の握りとはまた違う、大地の力強い味わいに目を丸くした。
「お客様が『えっ、これ何?』と驚いて、食べて『おいしい!』と笑ってくれる。その瞬間の顔が見たくて、ついつい仕込みに力が入っちゃうんです」
この一貫に象徴されるように、酒井さんの仕事の根底にあるのは、常に「目の前のお客様をいかに喜ばせるか」というサービス精神だ。

コースもまた、決して画一的ではない。「接待なのか、気のおけない仲間との食事なのか。お客様の情報が分かれば、中身は柔軟に変わります」と酒井さん。握りは10貫前後を基本としつつ、つまみの比重や握りの種類は、その場の空気に合わせて描き直される。一つのコースが、お客様の数だけ姿を変える──その日その時だけの、一期一会の一皿が並ぶのだ。
「一人でも、飲んだ帰りでも」老舗の間口は、いつだって広い

本格江戸前寿司の技を携えた老舗と聞けば、どうしても身構えてしまう人もいるだろう。しかし、この店の空気はどこまでも柔らかい。
「一人でも来てほしいし、飲んだ帰りにふらっと寄ってもらってもいい。我儘もどんどん言ってほしいんです。うちを『使い勝手のいい寿司屋』と思ってもらえたら、それが一番嬉しいですからね」

座敷もあり、子ども連れの家族も歓迎される。「鮨屋に連れてもらった子が、『鮨屋ってかっこいい』と思ってくれたら嬉しい。そこからだと思うんです」と酒井さんは笑う。一方で、要望があれば驚くような裏メニューも飛び出す。間口は広く、奥行きはどこまでも深い──この緩急が、「歩寿司 本家」という店の真骨頂だ。
取材中、酒井さんは終始にこやかに、しかし鮨の話になると眼差しをきゅっと鋭くさせた。その振れ幅こそが、この店に流れる空気そのものだった。
結び──半世紀の心が、今日も一貫に宿る

小さなシャリに込められた技、ネタを選ぶ目利き、お客様の顔を思い浮かべながら吟味する仕入れ、そして「楽しませたい」の一念で組み上げるコース。そのすべてが、創業49年を迎えた「歩寿司 本家」の礎となっている。
一人でふらりと立ち寄るもよし、大切な人との特別な夜を預けるもよし。暖簾の向こうには、半世紀分の熱量と、お客様への深い愛情を手のひらに宿した親方が、今日もあなたを待っている。
富山を訪れるなら、ぜひこのカウンターで「お任せ」とひと言、伝えてみてほしい。あなたのための一貫が、きっとそこから始まる。

