
白山比咩神社のおひざ元・鶴来の町で50年以上続く老舗寿司店「つるぎ 福喜寿司(つるぎ ふきずし)」。暖簾を守るのは二代目の大将 柴田 浩一さんだ 。名店「小松弥助」で学んだ確かな技と、父から受け継いだ心を込めて、今日も一貫一貫を丁寧に握っている。
父の背中を見て育った少年が、二代目として歩み出す
幼い頃から、大将はカウンターの向こうで寿司を握る父の姿を見て育った。
「父は寿司を握るだけでなく、大勢の職人を束ねる存在でした。しかし、私が二代目だからといって特別扱いされることはなく、簡単に寿司も握らせてもらえなかった。その背中を見て“自分は将来、職人であると同時に店を動かす責任を持つのだ”となんとなく感じてはいました。職人さんたちも『二代目』として接してくる、その圧は凄かったですね」
いざ店に立つと、職人としての自分と経営者としての自分とのギャップに戸惑うこともあったという。
「職人の世界は技で勝負する厳しさがありますが、経営者は人と数字を動かさなくてはいけない。若いころは、その両方をどう両立させればいいのか悩みました」
父との突然の別れ。覚悟を決めた日

そんな矢先、家族を襲ったのは父の突然の事故という悲劇だった。
「まさかあんなに急に親父がいなくなるなんて思ってもみなかった」と大将は振り返る。突然の訃報は、店と家族全員から言葉を奪った。
「正直、事故にあったと聞いた瞬間に頭をよぎったのは“明日の予約をどうしよう”ということでした。親父の容態を案じる気持ちと同時に、店を止めるわけにはいかないという現実がのしかかってきたんです」
救急車に同乗したときも「申し訳ないけど、頭の中では3日後の予約のことを考えていた」と当時の胸の内を語る。
悲しみと混乱の中、いきなり代替わりの日が訪れた。
「そのときに初めて“自分がこの店を背負っていくしかない”と腹をくくりました。本来は父から手渡されるはずだったリレーのバトンが、いきなり空から落ちてきたようなものです。父の死は突然でしたが、心が痛む暇もないくらい忙しかった。だけどその瞬間から二代目としての覚悟が芽生えた気がします」
事故は店の前にある駐車場から道路を渡る途中で起きたという。
その後、ある人物からかけられた言葉が、大将の心に突き刺さった。
「お前、事故にあったのがおやっさんで良かった。これがお客様だったらお前もう商売できんかったぞ」
その言葉が決定打となり、以前から考えていた店の移転を決意した。
名店「小松弥助」で学んだ“理由のある仕事”

東京の大学に通っていた大将は、父が選んだ築地の寿司屋で修業を積んだ。
卒業後は関東圏の割烹でさらに経験を重ねたが、地元・石川に戻った彼を待っていたのは、父がすでに決めていた次の修業先だった。
それが、全国から寿司好きが訪れる名店「小松弥助」である。
弥助の親方は、経営者の色が濃かった父親と違い、生粋の職人だった。
創業者の「お客様は私の寿司を食べに来るから」という考えのもと、大将は弥助のカウンターに立つことはおろか、寿司を握ることも一度も許されなかった。
それでも仕込みは一緒にさせてもらい、その現場から学んだことは計り知れないと振り返る。
今まで自分の教科書は父親だった、と語る大将はこう続けた。
「小松弥助では、一つひとつの動きに理由がありました。
シャリの温度、握りの角度、醤油を塗るタイミング――すべてに理屈が通っていて、寿司はシンプルだからこそ、その理由を理解しないと本当のおいしさは生まれないと学びました」
この経験は、いまの福喜寿司に深く息づいている。
季節の魚を生かした締め方、ネタに合わせたシャリの温度管理、仕込みの丁寧さ――すべてが修行時代に培った教えを礎としている。
「寿司は身構えず楽しんでほしい」

寿司屋といえば、特別な日に訪れる“少し敷居の高い店”というイメージがあるかもしれない。しかし大将はこう語る。
「寿司は本来もっと身近な食べ物。気を張って食べるもんじゃない。気取らずに、おいしい寿司を味わいに来てほしいです。
カウンター越しでも気軽に声をかけてほしいですし、好きなネタや食べたいものを遠慮なくリクエストしてください。使い勝手のいい寿司屋だと思ってもらえたら、それが一番うれしいですね」
価格設定は、修業先の小松弥助の師匠の言葉が基準になっている。
「昼と夜を変えるほど私は器用ではない。昼も夜も同じ気持ちで出すのだから、同じ値段でいい」
この教えを受け継ぎ、福喜寿司も昼夜で値段やセット内容を変えていない。
その姿勢のとおり、店内には肩の力が抜けるあたたかい空気が流れている。
笑顔を絶やさない大将は、お客との会話を何より大切にしている。
「今日は何がおすすめですか?」と気軽に尋ねれば、その日の旬の味や、まだ知らなかった一品に出会えるかもしれない。会話を楽しみながら味わう寿司は、きっとさらにおいしく感じられるはずだ。
バリアフリーの店内と、心配りの空間づくり

一階は広々としており、段差のないバリアフリー設計になっている。
通路幅に余裕があり、車いすの方でも安心して利用できる。
トイレは自動ドアを採用するなど、高齢の客にも優しい心遣いが随所に感じられる。

二階には落ち着いた大小の和室も備え、法事や結納式、宴会、お祝い事などにも利用可能だ。
大切な集まりを安心して任せられる店として、地域の人々に親しまれている。
地元客に愛される理由は、こだわり抜いた食材

福喜寿司のネタはどれも厳選されたものばかりだが、特におすすめしたいのが独自ルートで仕入れる極上の穴子だ。
蒸し上げた身はふっくらとして絹のようにやわらかく、箸を入れるとほろりとほどける。噛むたびに上品な甘みと旨みがじんわり広がり、後味は驚くほど軽やかで澄んでいる。

また、福喜寿司の代名詞ともいえるのがカウンターのショーケースである。
「コスト面では正直大変な部分もありますが、このショーケースがあることで、お客様がネタを見て選べる寿司屋らしさを大事にしたいんです」と大将。

新鮮な魚介が並ぶショーケースを眺めながら、旬の移ろいを楽しみ、食事を満喫できる。
手頃なランチから贅沢なおまかせまで

福喜寿司では、昼は手頃なランチが人気だ。地元の常連が気軽に通える価格帯ながら、旬のネタをしっかり楽しめるのが魅力である。
夜はランチと同じセットメニューはもちろん、季節の魚をふんだんに使ったおまかせや一品料理も揃い、会食や家族の特別な日にもぴったりだ。
鶴来の清らかな水と豊かな食材に育まれたシャリが、素材本来の味をいっそう引き立てる。
地元白山市の日本酒と寿司のマリアージュを楽しむ

福喜寿司では、旬の寿司とともに地元・白山市の日本酒をじっくり味わえる。
カウンターに並ぶのは「萬歳楽」「手取川」「天狗舞」など、石川を代表する銘酒の数々。
やわらかな口あたりと米の旨みが広がる純米酒は、白身魚の握りの繊細な甘みを引き立てる。香ばしい穴子や脂ののったトロには、キレのある辛口がよく合い、後味をすっきりまとめてくれる。
寿司の一貫一貫に寄り添う酒を選ぶ時間もまた、この店ならではの楽しみ。
季節のネタと地酒の組み合わせを探しながら、鶴来の風土を五感で感じられるひとときがここにある。
鶴来の町とともに歩む寿司屋として

父の急逝によって突然の代替わりを余儀なくされながらも、その暖簾を守り抜き、名店で学んだ技を自らのものとして昇華させた福喜寿司。
時代が変わっても「寿司はシンプルだからこそ、続けることでしか味が育たない」という信念を胸に、今も真摯に握り続けている。
大将の心に今も残るのは、父からかけられた言葉――「お前、勘違いすんなよ」
その一言が職人としての姿勢を支え、鶴来という土地ならではの客層や単価を常に意識しながら寿司を握り続けている。
「鶴来は地元のお客さんとの距離が近い町です。だからこそ“あそこは安心でうまい”と信頼される味を守り続けたい」
そう語る大将の言葉には、この町とともに歩んできた誇りと責任感がにじむ。
さらに修行時代、小松弥助の親方から毎日のようにかけられた教えも胸に残っているという。
「支店は出すな、人に握らせるな。客はお前の寿司を食べに来るのだから」
父親と師匠、その2人の教えは、今も福喜寿司の味を支える大切な土台となっている。

