金沢を訪れると、街には実に多くの鮨屋が軒を連ねている。観光客向けの華やかな店から、知る人ぞ知る地元密着型の一軒まで――その選択肢の多さに、「どの店を選べばいいかわからない」と感じる人も少なくないだろう。
そんな中で、あえて足を延ばしてでも訪れる価値があるのが、津幡町にある鮨屋「藤よし」だ。金沢市中心部から車で30分ほど、歴史ある倶利伽羅峠のふもとに位置し、地元の人々に長年愛され続けてきた一軒である。

観光名所・ひがし茶屋街の喧騒から離れた静かな町に、ひっそりと暖簾を掲げる「藤よし」。そこには、確かな腕と人の温もりが織りなす、穏やかな時間が流れている。
「誰でも気負わずに立ち寄れるような、地域に根づいた店でありたい」。そう語るのは、店主の奥村 昭治氏。創業以来、地元の人々に愛される店として、着実に評判を広げてきた。
創業30年以上、地元に愛され続ける店になるまで

現在の店名「藤よし」には、店主の人生が色濃く刻まれている。
若かりし頃、店主は富山県で「寿し長さん」という名の鮨屋で8年間握っていた。しかし一度、鮨の道を離れ、大阪でお好み焼きを学び、地元・金沢に戻ってからはお好み焼き屋を開業する。
「ちょうど30歳の頃でした。店を始めるとき、電車に乗っていたときに、車窓から見えた“藤”という字が、なぜかキラーンとすごく輝いて見えたんですよ」と奥村氏。その体験が強く印象に残り、新しい店の名前を「藤よし」と名付けた。
その後、40歳で鮨の道に戻ることを決意し、「藤よし」の名前をそのまま鮨屋に引き継ぐ。現在の店舗は平成三年(1991年)に開業し、2025年4月時点で34年目を迎えたことになる。
長年の経験と人生の転機を経て培われた技と人柄が、「藤よし」の味と空気に深みを与えている。

再び鮨の世界と金沢に戻ってきた奥村氏。「野菜や魚の質がとびぬけていいし、東京には出回らない珍しいものもたくさんある。来た人に『金沢ってこんなにおいしいんや』と思ってもらえる店があってもいいかなって」と語るその眼差しには、地元の食材と真剣に向き合う覚悟がにじむ。

店の立地も、まさに“地域密着”を体現している。観光客向けではなく、日常の延長にある鮨屋。藤色の暖簾をくぐると、木の温もりを感じさせるカウンターが広がり、穏やかな町の空気と呼応するように、ゆったりとした空気に包まれている。

カウンターに立つ奥村氏が寿司を握る姿は、まるで舞台の一幕のよう。
「“うまい!”と感動してもらえるのはもちろんうれしい。でも、それ以上に“ここに来てよかったな、また来たいな”と思ってもらえることが、何よりの喜び」と話す。
そのために意識しているのが、客との“距離感”。程よい会話、さりげない気遣い、食事の進み具合に合わせた提供タイミング。そうした一つひとつの心遣いが、居心地の良さを形づくっている。
職人技が生む、心に響く酢飯の味

まず、藤よしの鮨を語る上で欠かせないのが、酢飯の存在だ。
酢飯に使われているのは、金沢の老舗酢屋「高野酢造」が手がける酢「寒梅(かんばい)」。まろやかで深みのある味わいは、鮨種の個性を引き立てながらも、口の中で心地よい一体感を生む。さらに、米を炊く際には北海道産の昆布を加え、旨みの層をさりげなく底上げしている。

使用する米にも、奥村氏ならではのこだわりがある。酢飯には石川県産、特に水の冷たい地域で育った米を選んでいるという。現在は能登の農家と長年の付き合いがあり、毎年決まった農家から直接仕入れている。品種はコシヒカリ。冷たい水で育つ米は粒が大きくなりにくい反面、味が締まり、酢飯にしたときの一体感が増すと感じているそうだ。
「研究しているわけではないけれど、経験的に、水が冷たくて日当たりのいい田んぼでとれた米はおいしい。酢飯にしてみて、これはいいなと思ったものを選んでいる」。長年の勘と舌が選び抜いた米が、酢と鮨種をつなぐ確かな土台になっている。
選りすぐりの鮨種は金沢市中央卸売市場から

「藤よし」で使う魚介は金沢市中央卸売市場で仕入れる。
「良いものなら何でも使う。全て良いものを提供したいという思いがある」と奥村氏。しかし、その中でも「絶対に欠かせないのは、やっぱりたこ、いか、海老」と語る。

たこは基本的に茹でて提供しているが、その茹で加減には一切のマニュアルがない。「茹で時間は、たこの大きさや足の太さによって全然違う。結局は自分の勘。長年の感覚で火を止めるタイミングを見極めている」と奥村氏。火を入れすぎれば硬くなり、浅ければ旨みが引き出せない。微妙な塩梅を測るのは、まさに職人技だ。

いかや海老も、その時季に最もおいしいものを選んで使う。いかはヤリイカ、赤いか、アオリイカなど、季節によって種類を使い分ける。

海老は、北陸の代名詞ともいえる甘えびを中心に、ガスエビやボタンエビなども使い分けている。「個人的には甘えびが一番好きだけど、それぞれに良さがある」と語る。
手の届きやすい価格で本格的な鮨を楽しむ

「藤よし」では、昼と夜で異なる楽しみ方ができる。夜のメニューは、握りと細巻きを中心にした「盛合わせ」(並 1,500円・税込〜)から、しっかりと鮨を味わいたい人向けの握り9貫セット(3,000円・税込)まで幅広くそろう。
いずれにしても、気の張らない価格で本格的な鮨を楽しめるのがうれしい。

一貫(110円・税込〜)からの注文も可能で、好みに合わせて自由に楽しめるのが魅力。趣のある木の板に並ぶ品書きを眺めつつ、その日の気分で握りを選んで頼むのも、ここでの楽しみのひとつだ。

また、一品料理や地酒も豊富に用意されており、酒を嗜みながらゆっくりと過ごす常連客の姿も多いそう。

ただし、店舗は家族経営で焼き場に立つ人数も限られているため、なるべくまとめて注文するのがスマートだ。奥村氏も「お客さんがスムーズに食事できるよう、なるべく手際よくやりたい」と話すように、厨房との呼吸も大切にしている。

昼営業では「Aランチ」(1,300円・税込)というリーズナブルな価格帯から提供されており、握り6貫に小鉢、揚げ物、茶碗蒸しが付くバランスの良い内容。初めて訪れる人や、子ども連れの家族にもおすすめだ。本格的に鮨を堪能したい人には「上握りランチ」(3,000円・税込)もあり、昼から贅沢な時間を過ごすことができる。
「おまかせで頼んでもらえれば、その日の一番いいものをお出しできる。でも、好みがあれば遠慮なく言ってほしい」と奥村氏。
子ども連れも歓迎。家族でも安心して楽しめる店

鮨屋と聞くと、どうしても“敷居が高い”と感じる人も少なくない。特に子ども連れの家族にとっては、店選びに気を遣うものだ。しかし「藤よし」では、子ども用の椅子が用意されるなど、小さな子どもがいても安心して利用できるような配慮がなされている。
実際に赤ちゃん連れの姿もあるようで、鮨屋=特別な場というより、日常の少し上質な時間を過ごす場所として利用されている様子がうかがえる。

座敷ではパーテーションを外して最大20人まで対応可能なため、用途に応じて多彩な使い方ができる。
少人数での食事はもちろん、会社の集まりや家族の祝い事など、幅広いシーンに対応できるのも魅力だ。
気軽に、でも心に残る鮨。人情が味に宿る店

インタビューの最後、奥村氏はこんな印象的な言葉を残してくれた。
『おいしかった』のひと言や、地域の常連さんからの励ましが何よりのやりがい。特別なマナーはいりませんし、気軽な気持ちで、立ち寄ってもらえたらうれしいですね」
この店の鮨がなぜ心に残るのか。その理由は、華美な演出や派手なネタではなく、誠実な仕事と人間味あふれるもてなしにある。金沢の一角で、今日も変わらず暖簾が揺れる――その先に、確かな味とぬくもりがある。

