「おいしいものを少しずつ」という信念。富山・総曲輪が誇る”隠れ家の一貫”──老舗「寿し処 佐々木」

「おいしいものを少しずつ」という信念。富山・総曲輪が誇る"隠れ家の一貫"──老舗「寿し処 佐々木」

富山市総曲輪。ネオンが滲む歓楽街の一角に、ひっそりと看板を掲げる鮨屋がある。1990年の開業から三十六年、この地で客を迎え続けてきた「寿し処 佐々木」だ。富山県寿司商組合の理事長も務める佐々木哲次さんが、カウンター越しに一貫一貫を結び上げる。掲げるのは「おいしいものを、少しずつ」という、揺るぎない信念である。

総曲輪の路地裏で、三十六年の暖簾を守り続けて

総曲輪の路地裏で、三十五年の暖簾を守り続けて

佐々木さんが最初にこの地で暖簾を上げたのは、1990年3月18日のこと。以来21年間、現在地から東へ100メートルほどの場所で営業を続けてきた。

「今のこの場所に移ってきたのが、ちょうど震災の日──2011年の3月11日でした」

そう静かに振り返る佐々木さん。訪れるのは、長年通い詰める富山の常連と、インターネット越しに噂を聞きつけてやってくる遠方の客。その比率は、ちょうど半々だという。

「”おいしかった、また来ますね”──そう言ってお帰りになる。そんな会話で一日が締めくくられるのが、一番うれしいんですよ」

四季の富山を、そっとカウンターの上にのせて届ける。それがこの店の流儀だ。

「おいしいものを少しずつ」シャリに宿る哲学

「おいしいものを少しずつ」シャリに宿る哲学

鮨の命は、シャリにある。「寿し処 佐々木」の握りは、口に含んだ瞬間に米粒がほろりとほどけ、ネタの余韻だけを舌に残して静かに消えていく。その核心を、佐々木さんはこう明かす。

「うちはね、なるべく古米を使うんです。前年産のお米のほう。新米が出てからも、いきなりは切り替えず、水分量をじわじわ調整しながら移行していく。古米のほうが粘りが少なくて、さらりと抜けていくんですよ」

米は、富山が誇るブランド米「富富富(ふふふ)」とコシヒカリのブレンド。酢もまた、白酢(米酢)と赤酢の二種を、ネタに合わせて使い分けている。白身の繊細な甘みには米酢の柔らかさを、脂ののった赤身や煮物仕事には赤酢のコクを。一貫ごとに、シャリと鮨種が呼応する。

そしてシャリは、あえて小ぶりに握る。コースで供される握りは、8〜10貫だ。

「大きな鮨をお腹いっぱい食べるんじゃなくて、おいしいものを少しずつ、いろんな表情で味わってもらいたい。それが私の鮨なんです」

食べ疲れない鮨。一貫が小ぶりだからこそ、鮨種ごとの甘み、香り、余韻を一つひとつ追いかけられる。三十六年愛され続ける所以が、この小さな一貫に凝縮されている。

一匹ずつ手で向き合う、富山湾の宝石たち

富山湾は、春になると二つの宝石をもたらす。白エビと、ホタルイカだ。「寿し処 佐々木」の厨房では、この繊細な命たちと、一匹ずつ向き合っている。

ホタルイカの本番は3月1日から始まる。

「漁が一番活気づく時期ですから。ホタルイカの漁があるために岩瀬や滑川などの浜が休みではない3月から5月までは、店を開けます。一匹一匹、目もくちばしも手作業で抜いて、開いていく。湯がいてそのまま握るものと、細く切って素麺仕立ての出汁で食べる”いか素麺”と、二通りでお出ししているんですよ」

一方で、白エビの漁は4月1日に解禁される。同店では、生の白エビを仕入れ、手作業で1匹ずつ剥くのがこだわりだ。

「白エビはね、500グラム剥くのに45分から50分かかります。しかもそのうち3分の2以上は殻として捨ててしまう。10人分の小鉢にして、ひとつ18グラム。時期によっては、それだけで原価700円くらいになります」

それでも、手剥きにこだわる理由があるのだという。

「冷凍の剥き身と、手剥きとでは、歯ごたえも甘みもまるで違うんです。コロナ禍をきっかけに、自分で剥くようにしてからは、もう戻れなくなりました」

白エビは、富山湾・岩瀬の漁師から直接届く。水揚げされたその日の透明な身が、夕方のカウンターで静かに湯気を立てる。

ほろ苦い肝、コリッと歯応えを残した身。透き通った出汁を啜れば、春の富山湾がそのまま口の中で目覚める──この店でしか出会えない、季節の景色がそこにある。

見えない仕事にこそ、鮨の本質が見える

見えない仕事にこそ、鮨の本質が見える

カウンターで繰り広げられる華やかな所作の裏側にこそ、「寿し処 佐々木」の真骨頂がある。白エビや車海老、白身魚には、北海道産の昆布で丁寧に昆布締めが施される。

「富山には昆布が採れないんです。でも、北前船の文化があって、消費量は日本一。だからこそ、良い昆布を仕入れて、重ねて、大切に使います」

昆布締めしたネタは、マイナス60度で瞬間冷凍。劣化を止めながら、解凍の過程で昆布の旨みをさらに深く纏わせていく。緻密に計算された時間の仕事だ。

わさびもまた、特別なものを使っている。

「真妻(マズマ)というわさびです。和歌山発祥で、今は新潟で栽培されているもの。普通のわさびの1.5倍の値段がしますけど、香りと辛味の立ち方がまるで違うんです。保冷車で温度を保って運んでもらっています」

醤油は、昆布と鰹節と酒を合わせ、自ら火入れした煮切り醤油。握りの上には、すでにひと筆、刷毛で塗られて供される。

玉子焼きは、昆布出汁を効かせた優しい出汁巻き仕立て。ガリも、コロナ禍以降は自家製に切り替えた──見えないところにこそ、妥協のない仕事が積み重なっている。

富山の四季と地酒を、カウンターで味わうひととき

富山の四季と地酒を、カウンターで味わうひととき

鮨に寄り添う酒もまた、富山にこだわり抜く。富山県高岡市の「勝駒」をはじめ、地元の蔵元が醸す純米酒がカウンターに並ぶ。

「お客さんは、富山に来たら富山のお酒が飲みたい、という方が大半です。だから私も、県外の銘酒より、この土地の水と米で醸した一本をお薦めしたいんです」

味噌は金沢の老舗「福光屋」のもの。白身魚の握りにはやわらかな純米酒を、脂ののったトロや煮穴子にはキレのある辛口を。盃と握りが交わるたび、カウンターには立山連峰の伏流水の清冽さと、富山湾の潮の香りが立ちのぼる。

もちろん、魚の多くが富山のもの。マグロや一部の魚は、北海道、青森、千葉、和歌山、長崎、新潟・高柳といった信頼できる仕入れ先からも届く。

「基本は富山の魚です。ただ、”その時いちばんおいしいもの”を届けるのが仕事ですから。富山の方でも、意外と地魚を召し上がっていないんですよ。だからこそ、旬のものを知ってもらえる場所にしたいんです」

その言葉には、一軒の鮨屋としての矜持と、富山県寿司商組合の理事長として業界を牽引する視座が、静かに滲む。

総曲輪の一貫が、次の季節へと繋ぐもの

総曲輪の一貫が、次の季節へと繋ぐもの

前年産の古米を丁寧に炊き上げ、一匹ずつ白エビの殻を剥き、マイナス60度の急速冷凍で昆布の旨みを封じ込め、自ら煮切った醤油を刷毛で引く。その「当たり前」とされる工程一つひとつを極限まで突き詰めることだけが、この暖簾を灯し続けてきた。

「鮨は、足し算じゃないんです。引いて、引いて、最後に残ったものが本物。富山の四季とネタの旬を、小さなシャリにのせて届けたい。それだけなんですよ」

静かに語る佐々木さんの手元で、今夜もまた一貫が結ばれる。旅の途中で扉を開ける人も、通い詰める常連も、皆この小さなカウンターで、富山の季節を口いっぱいに味わって帰っていく。

「おいしいものを、少しずつ」──その信念は、三十六年を越えた今も、次の季節へと静かに受け継がれていく。

店舗情報

店舗情報(詳細)

店舗の基本情報

店名 寿し処 佐々木
ジャンル 寿司
お問い合わせ 076-431-6788
住所

富山県富山市総曲輪1-6-11

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アクセス 富山地方鉄道路面電車 荒町駅より徒歩約3分
営業時間 17:30~入店 21:00(※完全予約制)
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