富山駅北口から歩いて10分。桜の名所として名高いたち川のほとり、赤江町の富山県中小企業研修センタービル1階に、一軒の鮨屋がある。2024年11月のオープンから1年半余り、地元客から旅人までを温かく迎え入れてきた「寿し さわ田」だ。

扉の向こうで柔和な笑みを湛えるのは、大将の澤田伸嘉さん。富山県内の名だたる鮨屋で約30年、ひたすら技を磨き続けてきた職人である。ベテランの風格を漂わせつつも、その物腰に気難しさは一切ない。「いらっしゃい」と響く穏やかな声は、初めて訪れる客の緊張をふっと解きほぐしてくれる。
職人の原点。家族で囲んだ「あの一貫」を次世代へ

澤田さんが鮨職人を志した理由は、自身の幼少期の記憶に深く根ざしている。かつて父に連れられて訪れた鮨屋。カウンター越しに見る職人の鮮やかな所作、ショーケースの中で宝石のように輝く魚、そして家族で笑いながら頬張った一貫の味。その幸福な光景が、少年の胸に一生消えない灯をともした。
「家族で鮨を食べる時間が、子どもたちの憧れや夢になるように。自分がかつて受け取った感動を、今度は自分が手渡す番なんです」

静かな声に、確かな熱がこもる。大人になって自らカウンターに立つようになったいま、澤田さんが見つめているのは目の前の客だけではない。いつかこの味を思い出して、また誰かの手を引いて戻ってきてくれる──そんな時間の流れそのものなのだ。この原点こそが、「寿し さわ田」という店のすべてを貫く一本の筋になっている。
「かしこまらず、ふらっと寄れる店」敷居を下げる工夫の数々

「大衆的なお寿司屋さん」。澤田さんはご自身の店をそう表現する。
「回らない鮨屋って、どうしても敷居が高く見えてしまうでしょう。値段もわかりづらいし、子ども連れだと足が遠のく。でも本来、鮨はもっと身近な食べ物のはずなんです」

その静かな決意は、店づくりの端々に表れている。澤田さんは自店を「大衆的な寿司屋」と呼び、誰もが気兼ねなく立ち寄れる工夫を凝らした。靴を脱いでくつろげる奥の小上がりは、あえて座敷ではなく3卓のテーブル席。足腰の弱いお年寄りやベビーカーを利用する家族連れへの、澤田さんらしい細やかな配慮だ。

テーブルに置かれたメニューには、鮨が一貫いくらかが丁寧に明記されている。いなりや玉子、わさびなすなどの100円(税抜)という驚きの数字から、ばい貝や小肌、平目といった本格的なネタも、その多くが数百円台という極めて良心的な価格で提供されている。
「ドキドキしながら食べる鮨なんて、おいしくないでしょう」と笑う澤田さんの言葉に、客への誠実さが滲む。
その言葉通り、ランチタイムには税抜き1,500円(平日限定10食)から、にぎりや細巻きを堪能できるセットメニューも充実している。
富山のガラスと小さな握りが育む「五感」の英才教育

この店が子ども連れに支持される最大の理由は、小さな客人を「一人の対等な客」として扱う姿勢にある。
象徴的なのが「ミニ寿司」。まだ握りが難しい小さな子どもには、白米の上にネタをそっとのせた一口サイズを。成長に合わせて握りや軍艦のサイズを細かく調整していくというから、驚きだ。その一つひとつが、「また来たい」を育てる優しい一手である。

それらを彩るのが、富山ガラス工房の作家・白神朝惠(しらが あさえ)さんが手がけた色彩豊かな器だ。透明なガラスの中に、弾けるような可愛らしさが宿るこの器には、澤田さんのある信念が込められている。
「幼い頃から、割れないプラスチックではなく、職人が作った『本物のガラス』に触れる機会を作ってあげたい。割れるかもしれないという緊張感も含めて、五感で何かを感じ取ってほしいんです」
子どもに本物を知ってほしいという願い。熟練の技が光る一貫が、作家の魂がこもったガラスにのって運ばれてくる。その体験は、子どもたちにとって単なる食事以上の、一生ものの記憶となるはずだ。
30年の歳月が濾過した「引き算」の極み

「大衆的」という言葉の一方で、供される鮨は30年の修行に裏打ちされた真剣勝負そのものだ。
県内の名店を渡り歩き、酢の調合から魚の〆方に至るまで、一家言ある職人たちの技を吸収してきた。その膨大な知識の中から、「自分が本当においしいと信じるもの」だけを残し、磨き上げてきたのが現在の味である。

残したものを磨き、捨てたものに未練を置かない。30年という時間が濾過してくれた確信が、今カウンターの上に並ぶ一貫となる。
立山町の契約農家から届く米に、やや甘めに調えた酢を合わせたシャリ。主役であるネタの風味をそっと押し上げ、けっして前に出すぎない。穴子はほろりと口の中でほどけるやわらかさと香ばしさで、タレは穴子の味を邪魔しない脇役に徹する。派手さはない。けれど食べ終えたあと、静かに呟きたくなる──そんな鮨だ。
「細巻き」の海苔に懸ける職人の執念

新鮮な富山湾の魚を揃えた握りと並び、「寿し さわ田」で注目したいのが、種類豊富な「細巻き」のラインナップだ。
定番はもちろんのこと、とろと奈良漬を合わせた「とろなら」や、爽やかな「わさび菜」、大葉の香りが効いた「大人のおしんこ」など、他店ではお目にかかれない目新しいメニューが並ぶ。にぎりの合間に、あるいは酒の肴として、選ぶ楽しさが尽きない工夫が凝らされている。

この細巻きの魅力を支えているのが、海苔への並々ならぬこだわりだ。用いるのは、有明産のその年もっとも上等な一枚。
口に含んだ瞬間に広がるのは、パリッと張りのある歯ざわりと、海そのものを封じ込めたような濃密な香りである。ランチでは、握りの一貫をこれらの細巻きに変更することも可能。職人が本気で勝負に出た海苔の香りと、独創的な具材のハーモニーは、まさに「寿し さわ田」の新しい看板と言える存在だ。
富山の生産者と共につくる「食の物語」

一皿を支える食材には、富山の風土と生産者への深い敬意が込められている。
魚の約8割は、県東部の港を回る信頼の厚い鮮魚店から毎朝届く地物。味噌汁には、魚津市「宮本みそ店」の味噌を使い、ふわりと立ちのぼる出汁の香りが旅人をも「帰ってきた」ような安らぎへと誘う。

具は日替わりで、鮮やかな生のあおさが入ることも。デザートには同じく宮本みそ店が手がける甘酒豆乳ミルクのジェラートまで並び、最後の一匙までこの土地の物語が続いていく。
「せっかく富山で鮨屋をやるのだから、富山の人たちと一緒につくりたいんです」
その言葉どおり、一貫の向こうには、生産者たちの顔が確かに見えている。
格式よりも、温もりを。本格の技を気負わず味わう贅沢

子どもの笑い声が響いても、誰もが目を細めるカウンター。値段のわかりやすいメニューと、1貫から握ってくれる気安さ。そして、30年の修行が一貫に結晶する確かな仕事。「寿し さわ田」は、ハレの日の特別な場所でありながら、明日もまた通いたくなる“町の寿司屋”でもある。
今週末、家族の手を引いて暖簾をくぐってみてはいかがだろう。いつか子どもたちが大人になったとき、「お父さんに連れてってもらった、あの寿司屋」としてふと思い出す一軒に──きっとなるはずだ。


